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2007年10月 9日 (火)

【管理者雑記】チェーンメール否定論

 結論から書きましょう。

 内容が正しいもの、すばらしいものであっても、「できるだけ多くの人に転送してください」というような要請が付いているメールは、決してほかの人に転送しないでください。このブログを読んでくださっている方すべてにお願いします。

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 以下のような「チェーンメール絶対的否定論」は、過去何回か、チェーンメールが流行するたびに、エクレシアMLの中で繰り返しお話ししていることですが、少しでも多くの人の目に触れた方がよいかと思い、管理者雑記として、ここにも書かせていただきます。

 2007年9月から「スーパーのトイレで幼児がいたずらされる事件が相次いでいる」「たくさんの人に転送してください(原文は「たくさんのママに回して」という文らしい)」という内容のメールが、主として携帯電話のメールで、全国各地に出回っているようです。一部の地方紙が数日前から報道を始め、全国紙も一昨日、昨日から報道しております。

 しかし、地方紙の一部の電子版では、問題の本質を理解せず「転送する前に情報の信憑性を確かめよ」というような報道も見られます。
 これは大きな誤りです。こういうメディアは、見出しや本文も「虚偽の内容の電子メール」「デマメール」というような言葉遣いになっており、「チェーンメール」「連鎖メール」というような意味の言葉は使っていない。

 問題の本質はメールの虚偽性ではない。極端な言い方をしてしまえば、内容が真実であろうが虚偽であろうが、それは二次的な問題です。このようなメールが「たくさんの人に回して」という文とともに出回ったということが問題なのです。一部の報道関係者は、この問題点を理解していない。マスメディアに携わる人々としては、不勉強な態度と言わざるを得ない。

 仮に(今回は全然そうではないデマだが)誰かが警察や官公署の公式発表を読んで発信したメールだとしても、それは、転送されて第三者の手に渡った瞬間に「インチキメール」と化す。なぜなら、転送した瞬間に、情報発信者(警察など)のコントロールを離れてしまうから。転送の過程で、5W1Hの一部が削られたら、どうするのか? 大誤報となりうる。「訓練」とか「たとえば」とかいう言葉が脱落したら、どうするのか? とんでもない流言飛語になる。

 だから「内容が真実でも、チェーンメールは、あってはならないもの」なのです。

 責任ある情報発信者は、そのように、情報の流通を、自分がまったく推測が付かないルートにゆだねたりはしません。もしやれば、それは無責任のそしりを免れないでしょう。たとえば、警察発表を聞いて事件記事を書く新聞記者は、直接取材した記者だけでなく、記事を短く整える記者、見出しをつける記者、誤字脱字を直す記者、みんな責任を明らかにして、相互チェックを行っている。労働組合や市民団体の署名運動なら「とりまとめ団体」「とりまとめ者」の記載欄が、用紙に必ずと言っていいほど刷り込まれている。しかし、ネット上のチェーンメールには、そのような「情報流通の責任者」は、存在しない。

 市民運動関係者から私のところに「できるだけ多くの人に転送してください」というようなメールが来ることがありますが、情報流通の手段という点に着目すれば、これも一種の「チェーンメール」と言えます。私は、そのようなメールは、たとえ友人からのメールであっても、転送しないことにしておりますし、折に触れて「そういう運動の手法は、無責任であり、信頼を失うからやめよ」と話しております。

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